UNITED - Biography - TEXT by 前田岳彦(BURRN!)
 UNITEDは、1981年に結成されている。当時のラインナップはNao(Vo)、原(G)、中里(G)、Oz(B)、塚原(Dr)という顔ぶれ。ただ、この頃の彼らがどんな活動をしていたかは不明だ。何しろ、現在のUNITEDには上記した5人のメンバーは1人も残っていないのだから。最古参のメンバーである横山明裕によると、「とにかくJUDAS PRIESTが大好きなバンドで、他にもBLACK SABBATHのコピーなんかをやっていた」らしい。
 
 その横山が、脱退したOzの後任として加入するのは1983年のことだ。たまたまNaoと同じ運転免許の教習所に通っていたことがきっかけだった。それまで横山は、キーボード・プレイヤーを擁するRAINBOWタイプのバンドをやっており、“もう少しハードな音楽をやりたい”と思っていたそうだ。また、この年の秋にはドラマーが塚原から滝沢哲男に替わっている。この頃からオリジナル作りを本格的に始めるようになり、1985年には1stシングル「DESTROY METAL」をリリースする。その後、滝沢が一旦脱退。後任として元ZADKIELで後にDOOMやWAR PIGS等で活躍する広川錠一が加入するが、ほどなくして広川は脱退し、滝沢が戻る。1986年にはコンピレーション・アルバム「DEVIL MUST BE DRIVEN OUT WITH DEVIL」に参加する。この頃の彼らは、メロディアスなパワー・メタル・タイプのサウンドを身上としていた。
 
 しかし、その後Naoが脱退し、後任として元WYVERNの古井義明が加入する頃になると、UNITEDは急速にスラッシュ・メタル色を強めていく。1986年12月にリリースされた2ndシングル「BEAST DOMINATE」はまさに“そういう音”に仕上げられた作品で、この後ライヴでの定番になっていく“S.R.S.”“Do You Wanna Die?”“Holy Dive Screamer”“Combat!”の4曲が収録されていた。この頃になると、UNITEDの他にもCASBAH、JURASSIC JADE、SACRIFICE、OUTRAGEといった同系統のバンドが日本のシーンを賑わしており、スラッシュ・メタルのムーヴメントのようなものが起こっていた。 1987年にはツイン・ギターの片割れが中里から古沢 巌に替わり、UNITEDの人気はさらに高まっていく。ただ、横山によると、この頃の彼らはまだそれほどシリアスにバンドをやっていたわけではなかったそうだ。
 
 そんな彼らの意識が変わり始めたのは、1988年にドラマーを滝沢から内野裕一に替え、唯一のオリジナル・メンバーだった原が脱退した後を継いで元DEMENTIAの吉田“Hally”良文を迎え入れてからだった。実際、1989年に制作された4曲入りのデモ「DEMO '89」は非常にクオリティが高かった。さらに1990年2月に古沢が脱退し、後任として元ROMMEL〜EMPERORの大谷慎吾が加入すると、ますますシリアスになっていく。そして同年10月、満を持して1stアルバム「BLOODY BUT UNOBOWED」をリリースするのである。

 以後、日本のスラッシュ・メタル・ムーヴメントはやや沈静化の方向へと向かっていったが、それとは相反してUNITEDはますます活性化していく。1992年には「BEAST DOMINATE」をリ・レコーディングして新録のカヴァーを加えたミニ・アルバム「BEAST DOMINATES '92」と、2ndアルバム「HUMAN ZOO」をリリース。1995年には、3rdアルバム「N.O.I.Q」をリリースした。その間には数多くのライヴをこなし、SLAYER、EXODUS、SODOM、MACHINE HEAD、THE EXPLOITEDといった来日アーティストとも共演している。1995年9月にはLAのメタル・コンヴェンション『FOUNDATIONS FORUM』に参加し、これが初の海外でのライヴとなった。

 その後、古井が脱退。新たに稲津信一を迎え入れたUNITEDは、そのサウンドをますます凶暴化させていく。90年代半ばに入るとアメリカを中心にシーンの状況が一変し、従来のメタルとはまた違ったスタイルのヘヴィなサウンドを提示するバンドが数多く出てきたことも彼らを刺激した。4thアルバム「RELOAD」(1997年)、ミニ・アルバム「BURST」(1997年)、5thアルバム「DISTORTED VISION」(1998年)は、いずれも従来のスラッシュ・メタル・サウンドに新たに受けた影響を加えた作品だった。この後6thアルバムまで付き合うことになる、MACHINE HEAD等を手掛けたことで知られるプロデューサー/エンジニアのヴィンセント・ヴォイノとの出合いが彼らを飛躍的に成長させた。ただ「DISTORTED VISION」のレコーディングの頃バンド内の雰囲気は余り良くなかったという。横山に言わせると「あのまま放っておいたら解散していただろう」とのことだ。それも1つの理由だったのかもしれないが、1999年には内野が脱退している。

 そこで、横山、吉田、大谷の3人は、バンドの将来についての話し合いの場を持つ。そこで腹を割ってとことんやり合った結果、バンドの中にあったモヤモヤは霧散した。内野の後任には、中村雄介が収まった。そして、2000年に6thアルバム「INFECTIOUS HAZARD」のレコーディングを行なうのだが、ここでまたアクシデントが勃発。レコーディング終了直後に稲津が脱退したため、彼のヴォーカルが入ったままのアルバムをリリースすることをよしとしなかったバンドはそれを一旦お蔵入りにしてしまうのだ。さらにその後、元DEATH FILEの湯浅正俊を迎え入れてヴォーカルを取り直したのだが、今度は横山が病に倒れてしまう。

 しかし、彼らはそれを乗り越えて、2001年に先述の「INFECTIOUS HAZARD」をリリースする。ヴィンセントに加え、かのアンディ・スニープがマスタリングに関わったこのアルバムは、バンドが今なお「久々の会心作だった」と振り返るほどで、かつてのスラッシーなスピード感が蘇っていた。ライヴ活動も再開し、同年8月には横浜アリーナでSLAYERとPANTERAをヘッドライナーに迎えて2日間に亘って行なわれたフェスティヴァル『BEAST FEAST 2001』に出演した。2002年には、7thアルバム「CORE」をリリース。それに伴ってまたしてもハードなツアーを行ない、12月には今度はSLAYERとSOULFLYヘッドライナーに迎えて幕張メッセ・イベントホールで2日間に亘って行なわれた『BEAST FEAST 2002』に出演した。2003年12月に中村が脱退するが、大勢には影響はなく、2004年4月には後任として元VACUUMのAkiraが加入している。同年9月には、久しぶりに来日したEXODUSのサポートを務めたりもした。  この頃のUNITEDはまさに絶好調で、横山曰く「スラッシュ・メタルのファン以外の人であっても引き込めるんじゃないかと思っていた」とのことだった。確かに、この頃の彼らは非常にレヴェルの高いライヴをやっていた。それには、UNITED加入以降、湯浅がシンガー及びエンターテイナーとして飛躍的な成長を遂げたことによるところも大きい。それだけに、2004年12月に湯浅がやむにやまれぬプライヴェートな事情で脱退せざるを得なくなったのはバンドにとっては大きな痛手となった。横山は、しばらく抜け殻のようになっていたという。

 しかし、2005年。UNITEDは湯浅の後任として元DEFAMEのNobを迎え入れて見事再生した。そして、この12月21日に現ラインナップによる第1弾となる8thアルバム「NINE」をリリースした。これは、お世辞抜きで過去最高傑作と言える。日本のメタル・シーンを牽引してきた帝王の行進が再び始まる...。